街全体を宿に

旅行者を街全体でもてなしたい――。食事から入浴まで全てを館内でそろえる大型宿泊施設とは違い、「街全体を一つの宿に見立てる」という発想で宿を運営する人がいる。食事は近くの食堂や居酒屋、風呂は銭湯で。旅人も街に出れば普段の生活を垣間見、土地の魅力に気づくことができる。新しい宿の普及を目指す団体も旗揚げした。

東京の下町の雰囲気が残る「谷根千(やねせん)」。その裏通りに建築家の宮崎晃吉さん(35)が旅館「hanare」(東京・台東)を開業して2年になる。築50年の木造アパートを改修した宿は5部屋だけ。夕食も出さないのに海外からの予約も入る。

「お風呂はこれをお使いください」。チェックインする旅行者には手書きの地図と銭湯の回数券が渡される。「近くには焼鳥屋も定食屋もある」(宮崎さん)。足を延ばしたい宿泊者には自転車レンタル店を教え、お寺を紹介する。「生活者の視点で街をゆっくり味わってほしい」(同)

東京・池袋から電車で1駅の西武池袋線椎名町駅にある「シーナと一平」(東京・豊島)は1階がカフェ、2階が宿泊の複合施設。長らく空き店舗だったとんかつ店を改修し、昨年3月オープンした。やはり、食事や入浴は地元商店街でというスタイルだ。

運営会社を共同経営する大島芳彦さん(47)はリノベーションに手腕を発揮する建築家。「忘れ去られそうな商店街にも歴史がある。街に泊まり交流することで新しい価値が見えてくる」。1階のカフェは街の高齢者や子育て中の母親が集まる拠点だ。

こうした宿が増える背景には大型観光ホテルへの反省がある。いくら観光客が増えても巨大な施設が抱え込んでしまえば、地域に効果が波及しない。街の本当の良さも知ってもらえない。かつて観光客でごった返した温泉地・熱海。長い低迷期を脱し、復活のきざしが見える。駅から10分ほどにある熱海銀座にも、新しい店が増え、にぎわいが戻ってきた。

仕掛けるのは地元出身の市来広一郎さん(38)。大学卒業後東京で就職したが、高層マンションやホテルが無秩序に増える風景に我慢できずUターン。街づくり会社「マチモリ」を設立し、空き倉庫をゲストハウスに改装。カフェやシェアオフィスもつくった。「街をそぞろ歩くのが温泉地の楽しみ。湯治場の魅力を取り戻したい」と話す。

高松市郊外の門前町、仏生山では「まちぐるみ旅館」構想が動いている。東京の建築事務所を経て地元に戻った岡昇平さん(44)が目指すのは「昔の宿場町のようなイメージ」。かつては、周りに温泉や飲食店や土産物屋があり、街全体で衣食住の機能を分担していた。「暮らしの中にあってこそ、宿は本領を発揮する」と考える。

一時は岡さんと同じ事務所で机を並べた嶋田洋平さん(41)は北九州市で空きビルなどを活用するまちづくりをけん引し、にぎわいを取り戻した建築家。一昨年オープンした「Tanga Table」は韓国からの観光客にも人気だ。NPO法人アースキューブジャパン代表の中村功芳さん(41)は2010年、当時はまだ珍しかったゲストハウス「有鄰庵(ゆうりんあん)」を岡山県倉敷市に立ち上げた。今は瀬戸内海で「島まるごとゲストハウス」プロジェクトを手掛ける。

 この6人が代表理事になり今年6月、「日本まちやど協会」(東京・台東)を設立した。きっかけは、嶋田さんらが進める既存の建物の有効活用などをうたう「リノベーションまちづくり」活動。互いにつながりが生まれ、その延長線上で協会を発足させた。

協会が理想とするのは、アルベルゴ・ディフーゾ(AD、分散した宿)と呼ばれるイタリアの宿泊施設。過疎の集落が村全体で観光客を受け入れる取り組みで、新しいツーリズムのあり方として注目を集める。現地を視察した大島さんは「日本の地域再生や観光の参考になる。協会の活動を通じ、日本仕様のADを広げたい」と話す。

記事:2017年11月1日 日本経済新聞
画像:colocal.jp

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