展示にもコト消費の波

近年よく消費者の関心が「モノからコトへ」移りつつあると耳にする。商品やサービスから得られる「体験」をより重視するというその傾向を、今年開かれたいくつかの美術展で感じた。

 上野の森美術館で開催中の「怖い絵」展。入場まで最長210分待ちの人気ぶりの理由の一つは好奇心をそそるさまざまな仕掛けにある。

 たとえば会場内でまず目に入るのは作品の近くに大きく記されたキャッチフレーズ。目隠しされた処刑直前の少女の絵には「どうして。」と意味ありげな言葉を掲げ、次にこの絵がなぜ「怖い」のかを解説する。観客の4割がオーディオガイドを借りるのも同展の特徴だ。企画のもとになったベストセラー本「怖い絵」も著者の中野京子氏も知らない若い世代が多く、絵の背景を読んで聞いてじわじわ怖くなる「体験」を楽しんでいる。

 「ミュシャ展」はミュシャのパリ時代の華やかなアールヌーボー作品ではなく、20世紀初めに祖国チェコで制作した連作「スラヴ叙事詩」を特集。国立新美術館の巨大な展示室に6×8メートルの絵画など20作を劇場の舞台装置のように配し、スラヴ民族の歴史というとっつきにくいテーマにもかかわらず66万人を動員した。同美術館の一室を約150点の大作絵画で埋め尽くした「草間彌生 わが永遠の魂」展もスペクタクルな視覚効果に加え、来場者が白い空間にカラフルなシールを貼ることができる参加型の作品も人気を呼んだ。

 草間展、「国宝」展(京都国立博物館)、「運慶」展(東京国立博物館)がそれぞれ52万人、62万人、60万人を動員。各地で大行列が見られ、長時間並ぶことさえ「体験」なのかと考えさせられる。一方、様々な理由で長時間並べない鑑賞者への配慮も今後は必要になろう。

 大阪のあべのハルカス美術館で同館の最多入場記録を塗り替えた「北斎」展では入場時間を記した整理券を配布。入場は2時間後というケースもあったが、立ちっぱなしせずに待ち時間も有効利用できる。行列だけの問題ではない。高齢者、障害のある人々、子連れの家族や海外からの旅行者などあらゆる人が充実した美術体験を持てるよう知恵を絞ることが求められる。

 文化政策の転換を印象づける年でもあった。文化芸術振興基本法が「文化芸術基本法」に改正され、文化芸術を観光、まちづくり、国際交流などと連携して振興するという。文化財を「保護」しつつ一層の「活用」を目指す動きも出ている。

 芸術文化を観光振興や地方再生に生かす狙いは悪くない。ただそこで忘れてならないのは、貴重な美術品や文化財を収蔵・保存し、研究を重ねるという美術館・博物館の地道な取り組みなしに振興はないということだ。政治家による「学芸員はがん」との発言もあった今年。展覧会は美術館・博物館の長い活動の蓄積の上に成り立つ知的エンターテインメントであることを再確認したい。

記事・画像:2017年12月6日 日本経済新聞

関連記事

ページ上部へ戻る