1泊100万円の温泉リゾート

1人あたり1泊100万円の温泉リゾート――。鹿児島県霧島市にある「天空の森」は2018年春をめどに、超高価格帯の宿泊サービスを売りだす。今は東京ドーム13個分にあたる60ヘクタールの広大な敷地に、1泊15万~25万円の温泉ヴィラが3棟あるが、それを丸ごと借り切って過ごせる内容だ。送迎にはプライベートジェット機を使い、食事は東京の有名シェフが腕をふるうことも計画している。鹿児島の過疎地に生まれた前例なきリゾートだが、1泊100万円の宿ができるまでには様々な規制との闘いがあった。

天空の森は04年にオープン。現在はJR九州が展開する豪華周遊列車「ななつ星」の宿泊施設にもなっており、天空の森に泊まることを楽しみにしている人も少なくない。大自然のなかに身を置き、誰の目も気にせずにのんびりと過ごせることが人気だ。

■まねできないリゾートを

 この施設のオーナーである雅叙苑観光の田島健夫社長は周辺で3つの宿を経営している。1つは温泉リゾートの天空の森、2つ目が古民家風の温泉旅館「忘れの里 雅叙苑」、3つ目が主に地元の人向けの湯治宿「田島本館」。かやぶき屋根が特徴的な雅叙苑は南九州の昔ながらの生活風景を再現した施設で、1980年代のバブル期に芸能人らが訪れることで有名になった。

 ただ、そのうちに九州には古民家風の類似施設がちらほら生まれ、田島社長は強い危機感を抱く。ならば誰にもまねできないリゾートをつくりあげようと、92年から過疎地の森の開墾をはじめた。来る日も来る日も、地道に山林を切り開き、廃屋になった周囲の家を買い取り、現在の施設の基盤をつくった。

 これまでの投資額は10億円近くにのぼる。とてつもなく広いのに、泊まれるところはわずか3棟だけ。訪れる人はこのプライベート感を喜ぶわけだが、実は開発から苦労が絶えなかった。田島社長は「自然に囲まれた森の中にある施設なのに、普通の街の中にあるかのような基準が求められた。それぞれの法律をクリアするのが大変だった」としみじみと振り返る。

 まずは細かい宅地の開発要件を定めている都市計画法だ。この法律には「地盤の沈下、崖崩れ、出水による災害を防止するため、開発区域内の土地について、地盤の改良、排水施設の設置、その他の安全上必要な措置が講ぜられるように設計が定められていること」との条文がある。田島社長は鹿児島県や地元の旧牧園町の役場に足を運ぶと、施設の中にダムの設置を求められた。「3000平方メートルを超える開発が適用対象になる」と言われ、リゾート施設の一画にダムを設けた。基準に合致させたダムや道路などのインフラ整備だけで1億円かかった。

 次は旅館業法。この法律は旅館業に関する規制を定めており、「ホテル営業」は10部屋以上、「旅館営業」は5部屋以上、「簡易宿所営業」は客室数に規制なしと定めている。田島さんは当初2棟だけの営業で始めたため、簡易宿所営業の認可を取得した。ただ旅館業法は、ホテル営業について飲食の提供に関する明確な基準があるが、カプセルホテルや民宿を想定する簡易宿所営業では特に明示していない。天空の森では食事も提供するので、飲食に関する認可も別にとらなければならなかった。申請書類の山は30センチメートル以上の厚さになったという。

■曲がった木は使えない


温泉ヴィラにも多くの注文がついた。地場の木材を使った温かみのある設計が特徴だが、建築基準法に沿って「曲がった木は使用してはいけない」などの制限がかかった。耐震の強度を高めるため、建築物には木材だけでなく、鉄骨を入れる改良を施した。耐震の関連費用にも4000万円。そのほかにも、農業、消火、測量、図面設計など数々の基準を満たすことに頭を悩ませた。田島社長は「安全のために最低限の基準は当然クリアしなければならないが、現場の状況を見て、必要かどうか柔軟に判断することも重要。しゃくし定規な考えでは地方の良さが出ない」と話す。

 超高価格帯の宿泊サービスに踏み切るのは「このままでは地方の個性や生活文化が消滅してしまう恐れがある。観光業は地域に利益が落ちるような仕組みが大事」(田島社長)との思いからだ。天空の森には接客に加え、施設内の段々畑での農業や森の景観を整える作業にあたるスタッフが総勢30人近くいる。高齢の農家が生活できず、施設で新鮮なおいしい野菜を作れなくなれば、リゾート運営そのものが成り立たなくなる。田島社長は「地元の個性を最大限に活用し、新しい観光業のスタイルを打ちだしたい」と力を込める。

海外の富裕層も楽しむ姿が見られる天空の森には「丸ごと借り切りたい」との要望が舞い込んでいた。政府の訪日客誘致の目標数は20年に4000万人。30年は6000万人をめざす。東京、関西、富士山を巡る「ゴールデンルート」だけでなく、日本の地方にも足を運ぶ訪日客が増えれば、地域の活性化につながる可能性がある。従来は公共投資による建設業が日本の地方を支えた面があったが、政府の財政事情が厳しいなかでは観光業をどう盛り上げるかが地域の大きな課題になる。

記事・画像:2017年12月10日 日本経済新聞

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