郷土かるた 地域愛育む

群馬県の小学生に、県の形を尋ねると大半が「つる舞う形」と答える。細い首を伸ばした鶴が両翼を広げ、飛んでいく姿に似ているというのだ。この答えが県民に浸透しているのは「上毛かるた」の読み札の一つに「つる舞う形の群馬県」とあるからだろう。

全国に千数百種

日本全国には地域の地理や歴史、特徴を詠んだ「郷土かるた」が存在する。その数は千数百種ともいわれる。

上毛かるたは1947年、太平洋戦争後に日本で初めて作られた郷土かるただ。きっかけは後に二松学舎大学の理事長・学長を務める浦野匡彦だった。戦災者らの生活支援を手掛ける恩賜財団同胞援護会群馬支部で中心人物だった浦野は、GHQ(連合国軍総司令部)の指示で学校で地理・歴史を教える事ができないのに心を痛めていた。荒廃した郷土の中で子供に夢と希望を与えたいと願っていた。

子供の遊びとはいえ、勝負事には常に真剣な県民気質も普及に一役買ったとみている。上毛かるたを筆頭に、群馬では市区町村レベルで独自のかるたが多数作られ、多くが今も熱心に競われている。かるた数は全国1位で、2位の埼玉県を大きく引き離す。

句で詠まれ子供に定着

たとえば、2012年に東京都葛飾区で誕生した「かつしか郷土かるた」。毎年3月に開かれる区大会は、関係者の努力によって6年で選手100人以上、観客700人以上の規模に育った。

区内の「お花茶屋」という地名の由来が、江戸時代に将軍吉宗の病気を茶屋のお花という娘が治したことにあると詠んだ札がある。先日、京成お花茶屋駅に降りたら、居合わせた子供たちがそろってお花のことを口にしていた。かるたができる前はあまり知られていなかった由来が、子供の共通認識として定着しているのが感慨深かった。葛飾区ではほかにもかるたに詠まれた場所を訪れる人が増えたため、各地を説明するアプリを作って道案内している。かるたが地域理解を深めたケースといえそうだ。

記事・画像:2018年4月16日 日本経済新聞

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